【2011年から3年】ナチュクリ21脱ステ入院~退院後の絶望と間違い

脱ステ
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2010年 年末…

その頃、私は脱ステブログを書きつつ、アトピーのカウンセリングを受けていた。
  • アトピーは心の問題
  • 自分がアトピーを治したくないだけ
  • 明るく前向きになればアトピーは治る
  • 保湿剤なんか塗ったら 皮膚に化学物質を入れてるみたいなもんだね
    そのせいで悪化してるやめた方がいい
そんなことを信じていた。

アトピーに効くと言われるものは、ほとんどやり尽くした。

 

民間療法で残っているのは、土佐清水の入院、藤沢皮膚科か、阪南中央病院の脱ステ脱保湿、豊富温泉くらい。

脱ステ医に行っても、脱ステを自分でしても治らないんだったら同じと考えていたので選択しなかった。

土佐清水はステロイド治療と聞いていたのと、SOD食品を飲んで蕁麻疹が出来た事もあり、無理だと判断していた。

保湿剤を手放せなかったくらいボロボロで、絶対にしたくなかった脱保湿

肌の生理学を理解してない私は、脱保湿ををはじめた。

体から悪いものを出せば治る
デトックス、散歩、食事…

アトピーはどんどん「排出」される
これで綺麗になれると信じた

 

私は、母と小さなマンションの一室でまつ毛エクステの技術者をしていた。

夏になっても長袖とマスクと帽子と秋物のジャケットを着て、ヒィヒィ言いながら仕事に行った。

 

ひとりのお客様を施術したら玄関で掻き毟り、その後、倒れて1時間ほど動けなかった。

 

野菜中心の和食でやせ細り、ユニクロのスキニーパンツがダブダブだった。

鏡をみて

接触障害の人みたい…
被曝したみたい…

と思いながら、ひたすら皮を剥いていた。

脱ステ 最終段階の胸

掻いたらダメと言われても、狂うように痒いし
皮を剥いたらダメといわれても 中からドンドン剥がれてくる

 

朝、布団の上は砂漠状態。
ベッドから立ち上がると、パラパラ…と雨のような音がする

 

痒すぎ痛すぎ毎日泣いた
痒くて眠れなくて気が狂いそう

死にたい痒い死にたい痒い
生きたい治したい生きたい死にたい

アトピーが治るのを信じたかったけど苦しかった

 

でも「脱ステで、アトピーは治ってきてるよ!食事と運動が一番大切だ!」とブログでは前向きに振る舞った。

 

嘘をついたわけじゃなく、

本当に自分を信じる事が大切だと言われて、信じていた

心の中もそんな気持ちでいないと、やってられないくらい辛かった

 

全身が皮だらけになって夏に極寒の寒さに震えて
もう耐えられないと思った。

ナチュラルクリニック21でアトピーが改善している人のブログを見ていて、まこも風呂が気になるようになった。

【2011年9月】ナチュラルクリニック21に入院した。

まこも風呂(現在:バイオ入浴)に毎日入り3か月後の2011年の12月 肌がツルツルになって帰宅した。未来は明るかった。

 

 

自宅に帰ってきて数日で悪化した。

泣いた。

わめいた。

 

そこからの記憶、約3年の部分がほとんどない。

人はショックを受けると 記憶を消すのかもしれない。

 

今、よ~く考えて思い出したら、男の子と出会ったことや、美容師免許を取るために美容学校に行ってた。

そういえば、美容学校で手が荒れすぎで、過呼吸とパニックで学校に行けなくなった日は何回かあった…

ナチュラルクリニック21退院、絶望のその後…

瀉血を始めたり、ネトルがアレルギーに効くと聞いて 飲んだりしていた日記に書いていた。

その頃は、ほんとうに自分のアトピーを、どうしていいかわからなかった。

14歳から走り続けた脱ステロイド。今までは、試す事が山ほどあった。

デトックス
食事療法
鍼、温泉
サプリ
水…

ありとあらゆる事をして、断食、脱保湿、最後は3ヶ月自然療法とナチュラルクリニック21に入り、心の浄化もした…

どれかが、当たると思っていた。

 

精神論!見逃していた!これだ!

これも重要だ!運動、ストレッチ!!

もうこれしかない!地獄の脱保湿!!!

もうこれしかない…ナチュラルクリニック21入院…!

 

治らない。

 

何度もこれでアトピーが治る!と希望にを掴んで、
最初は効いてるような気がするけど、数か月後は、他の事を探している…という状態に戻る

 

鍼も、整体も、漢方薬も、温泉も…なぜか最初は効いたような気がする

まこも風呂では入院3ヶ月でかなり良くなった。

見た目がアトピーとわからなくなったくらい。だから期待が大きかった。

岐阜県高山市まこも風呂入院の時の写真

 

でも、帰ってきたら、他の治療と同じだった。
痒いし、掻きむしってしまい、次第に肌がボロボロになってくる。

 

「ツルッとしてきた!!」「あともう少し!」ブログに書いても、赤黒くて、ガサガサの鳥肌

現実はアトピー肌のまま。悩んでいた。

 

本、インターネット、掲示板で情報だけは大量に仕入れて、「アトピーに効く」と言われている事はほとんど試した。あらゆる事が自分のアトピーには、あまり効かない事にショックだった。

 

男の子に手を見られて「なんでそんなに荒れてるん?」と真顔で言われたり

職場で初来店のお客様に
「アトピー?わたしもアトピーだったの。この化粧品を使ってね…」と、ネットワークビジネスの話だった事もある。

 

3年間の記憶はそれくらい…

2014年の3月 アトピーが悪化し出す予兆に怯える

顔が熱い

 

なんだかザワザワしてきて 痒みが中から湧き出るような感じ

寝て起きたら 顔が腫れていて じゅるりと滲出液が出て 冷たい…

 

パニックで気が狂いそうになる

 

まこも風呂の入院前に、まこも治療のブログと並行して見ていた、ゆかりさんのブログを見にいった。

 

ゆかりさんのブログには、アメリカの治療が書かれていてる

  • ステロイドの内服や注射
  • 聞いたことが無い薬の名前
  • アレルギー注射

 

バクテリアの事、除菌、掃除の事も、薬の名前が書かれていた。

私は最初、ゆかりさんのブログを、お茶漬けを食べるみたいにサラサラと読んでいた。

「わたしのしている事(自然療法)とは真逆の考えだなー。

なんかよくわからない。

薬を使ったらアトピーを抑えているだけだし、怖いよな…これは治ってるとは言わない。

バクテリアを抑制すると言うことはまこも風呂で出来るから、違う方法でアトピーを治療してるんだな。

わたしとは、考え方が違うからな~~

それに、なんか神経質そうだな…きれいにしすぎると体が弱るからあまりきれいにしすぎるのも良くないんだよね」

 

文章が長いわりに、理解できない話が多い。当時、そう思っていた。

 

春に悪化した私は、今までテキトーに読んでいたブログを焦りながら、ゆかりさんのブログを漁った。

 

「治療方法」と思われる記事を探して、薬をネットで取り寄せたり、保湿をまねしたり、掃除をマネした。

 

ステロイドを塗るのは怖い。

ハイター風呂という意味わからない。

他の事もよくわからない。

だから、自分が納得できる事だけ試した。

 

それでほんの少し改善したような感じだったけど アトピーが治る感じはなかった。

保湿しても痒くなるし、やっぱり脱保湿がいいんじゃないかと疑問にも思った。

渡米治療で治らなかったら死のう

渡米治療をしたいとか、どうとかじゃなく、これしか残っていない…という状況だった。

これで治らなかったら死のう…と思った。

30歳。

14歳から16年、アトピーに振り回されて疲れていた。

2014年 6月頃。明石さんのホームページやmixiのコミュニティ、ブログについて渡米治療について調べた。

 

悪口や、ステロイドの薬漬けにされるとか、あり得ない治療だ。という書き込みも見た。

親に言ったら反対されるかもしれない

アメリカにいくのも怖い

パスポートもない

英語も喋れない

値段もわからない

どうやって申し込むのか

誰に申し込むのかわからない

わからない事だらけで不安だらけだった

 

明石さんのホームページを見て、相談を受け付けているとの事で電話相談をした。

 

相談と言っても、何から相談していいかわからなかった。

明石さんから何か話題を振ってくれる感じでもなく、「質問はありますか?」というような雰囲気だった。

「渡米治療を受けてる、みなさんは治ってるんですか?」「渡米治療をを受けた、みさんはどんな治療するんですか?」

と質問をしたら

「みなさん、みなさんって誰のことを言ってるんですか?!」
と叱られた。

話をしても 噛み合わない感じ…すごく不安なのに、怖いしなんで…?

どうしていいかわからなくなった。

どんどん、ボロボロに悪化していく肌を止める事もできなくて 母にアメリカに行きたいと泣いた…

ドクターマセソン渡米経験者のアトピー患者さんに相談する

明石さんが信用できなくなった私はネットでドクターマセソンの治療を受けている人を探した。「ドクターマセソン渡米治療の相談を無料で受け付けている」とmixiでプロフィールに書かれていた人を見つけた。

 

アポを取って、母と二人で相談しにいった。

 

その人は男性で45歳くらい。7年前くらいに治療に行ったと話していた(確か)

その人の肌、見た目、とても健康そうだった。

 

渡航費や治療費とは別で、明石さんへの1年間のカウンセリング料金+治療説明が事前に10万円以上必要だった。

彼に「明石さんに不信感があるんです」と伝えると、笑顔で「無料で紹介してあげるよ」と言ってくれた。そして、明石さんの悪口もきかされて、ますます明石さんに不信感を募らせた。

 

その人は、とても親切でたくさん話をしてくれて昼から夜まで話していた。

リンデロンと何かの抗生物質を混ぜてを塗ればいいと薬の塗り方を教わって、家にあったリンデロンをしばらく塗った。

 

渡米の日はいつか、パスポートはどうしたらいいか、何を持っていけばいいか…その人に電話すると「ノリで行けば余裕だぜ♪」みたいなことを言われた。

 

メールで再度相談しても、「君の笑顔が見たいだけさ」みたいなポエムを送られてきて、渡米の話が進まない。

 

これ、なんかヤバイ…と思ったので、明石さんにアポイントを取って、紹介料を支払って渡米する事になった。

 

明石さんからの紹介はスムーズで、安心したのを覚えている。

 

それが2014年の8月ごろだった。

次のチームが10月だったので2ヶ月後を今、か今かと待ち望んだ。

 

その後、お金を貯めるために 薬を塗りながら、
仕事をしてもお金はほとんど使わず2ヶ月分を貯めて
自営での仕事は、同じ仕事をしている友人に頭を下げてお願いした。

 

わたしの技術職を代わりにするという責任感から、すごく困られたけど、友人のお兄さんもアトピーだったので、アトピーの苦しみを知っていたので引き受けてくれた。

 

真面目で優しい性格の友人に本当に助けられた。

【2021年1月】過去を今思い返して思う事

 
昔のことを思い出しても、詳しくは覚えていなくても、部分的に覚えているものだけど、2011年から2014年までの記憶は本当に少ない。
 
ゆかりさんのブログを見てから、渡米を決めるまで、わたしは間違いばかり犯している。
 

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